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蒲原城(1) ~ なで斬りの城

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年2月11日、お城仲間のМさんと、蒲原城に行って参りました。

蒲原アク

 静岡県静岡市清水区蒲原にあります。
 大抵の地図に記載してありますので、探すのは容易であると思われます。

 蒲原城の訪問はこれで4回目ですが、三ノ郭を訪れたのは今回が初めてでした。訪問を提案して下さった同行のМさんに感謝いたします。三ノ郭の紹介は本城域の紹介の後にいたします。

GEDC1392.jpg
 駐車場もトイレも完備していますので、初心者でも安心です。

 駐車場から、登り始めるとスグに解説版があります。

 今川氏が、駿河守護として入国した後、その一族により築城されたものと思われる・・・ つまり、築城の年代も、築城者も定かではないが、今川の城として機能していたということですね。

r003.jpg
 東方向からのイメージ図です。「静岡の山城ベスト50」掲載の縄張り図を基に、自分のスケッチを加味して描きました。

 先ほどの解説版は、東郭のあたりに設置されています。

GEDC1393.jpg
 続いて「大空掘」の表示があります。右側のヤブをかき分けると、ヤブに埋もれたくぼ地が確認できます。しかし、写真にするとただのヤブにしか見えないので、写真の掲載は見送りました。

*今川と北条が守る蒲原城を武田勢が落城させた時、武田勝頼が攻めよせたのがこのルートであると推定されています。

GEDC1394.jpg
 イメージ図「あ」の小口です。

 往時は門が設けられていたことと思われます。

*落城時、城兵は一人残らず討ち死にしたとのことですから、蒲原城はなで斬りの城ということになります。

GEDC1395.jpg
 「あ」の小口を突破した攻城兵は、右側の塁壁上からの射撃に耐えながら、先に進まなければなりません。後続の兵士たちの為にも、右側の塁壁を制圧しようと、分岐を右へ向かったと思われます。

GEDC1397.jpg
 イメージ図「い」の張り出し土塁です。このあたりは近世に復元された匂いが漂っています。

 駿河動乱へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」 


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Comment
双頭の龍
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 おっしゃる通り、双頭の龍ですね。
 二つの郭を結ぶラインの手前の通路は広くなっており
そこがキルゾーンとして、設定されていたのではないか
と推察いたします。
 蒲原城の中心部は大変堅固な構造であることは確かで
す。
 その堅固さを見抜いた信玄が用いた戦略がまた、秀逸
でありまして・・・ 
 第6話を是非ともご覧いただきたく・・・
丸馬出
むさしさまのコメントで気がついたのですが
本郭と善福寺郭は双頭の竜みたいな戦術
だったのではないでしょうか。

つまり、一方を攻めると逆側から攻められる
といった具合です。
もしそうだとすると、攻城側は大出血を
覚悟して同時に攻めなければ陥落できない
という縄張りかもしれませんね
Re: 善福寺郭
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 所沢は台風一過の青空です。

 蒲原城のこのあたりは、復元が施されているようで
往時の姿と同一かは不明なのですが・・

 北条が大改修をした後、武田が奪取していますので
武田の手も入っているかもしれませんね。
善福寺郭
楽しく拝見させていただいています。
この郭は甲州流っぽいつくりですね。
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