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稲子城(1) ~ 平清盛摘孫伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年2月18日には、稲子城に行って参りました。

稲子アク

 静岡県富士宮市上稲子にあります。

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 稲子城の場所を特定するには、まず、平維盛墓所を目指すのが効率的です。

 そして、平維盛墓所は稲子棚田にあります。

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 JR身延線稲子駅から、国道469号線を3キロ程北上します。
 国道469号線が稲子川を渡って東へ進路を変える地点で、国道469号線と分かれて、川を渡らずに、川沿いの市道を500メートルほど北上すると左に表示があります。

 写真の奥の方に、墓所とオボシキ・・・ 行ってみましょう!

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 平維盛は、平清盛の嫡孫でしたが、平氏没落の際、入水自殺したとされています。

 しかし、入水自殺は追っ手の追求を逃れるための、偽りの情報であり、実はこの地へ逃げのびてきていたといった伝承が残っているそうです。

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 平維盛の墓です。

 近年、リニューアルされたとのことです。

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 墓のすぐ北には蓮光寺があります。
 蓮光寺は、現在、日蓮正宗ですが、文禄の頃までは真言宗西光寺であったとのことです。
 平維盛の戒名は「千手院殿前三位中将義山貞公大居士」とのことです。
 「千手院」は真言宗の寺院です。維盛が真言宗に帰依していたことが解ります。
 平家全盛の頃の京都の邸宅は、六波羅密寺の近くにあり、六波羅密寺も真言宗でした。
 平維盛がこの地へ落ちてきて、自らの信仰する真言宗の寺院を建立させたと考えることも可能です。

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 また、対岸には稲子城があります。

 写真は、平維盛墓所から見た稲子城です。

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 さて、稲子川を渡って、稲子城を目指します。

 城のふもとには「宮地」と呼ばれる高台があり、城主の居館跡とされています。

 写真の奥の台地が「宮地」です。

 平清盛は、白川法皇の落胤であるとの説があり、それが事実であるとすれば、清盛の嫡孫である平維盛は宮家の人間となります。宮家の人間が住んだ土地ということで「宮地」の地名が生じたと解釈することも出来ます。
 これらのことが平維盛とこの地を関連づける材料となっているのかも知れません。

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 上稲子八幡宮です。城の主要部はもう、目の前です。

 日本城郭体系によりますと、この城に関する信頼性のおける記録は現存していません。

 平清盛摘孫の、平維盛がこの地へ移り、稲子城を築き、初代稲子城主となったなどと空想するのも歴史ロマンかも知れませんね。
 
 原初的山城様式へ続く・・・

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