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牛久城(3) ~ 岡見氏没落

 牛久城の最終話です。

GEDC1160.jpg
 腰郭に入りました。腰郭は二ノ郭より低い位置にあり、二ノ郭からの射撃制圧下にあります。

GEDC1163.jpg
 二ノ郭の小口です。

002_20120203092336.jpg
 腰郭は、二ノ郭から制圧されるためだけに存在する空間です。

 二ノ郭からの攻撃が有効となるよう、二ノ郭と腰郭の間に堀は設けられていません。

 一方、本郭は最終防衛拠点であるため、堀により周囲から切り離し、侵入は細い土橋からに限定されています。

 理にかなった使い分けですね。

GEDC1164.jpg
 二ノ郭に入りました。

GEDC1168.jpg
 腰郭に戻りました。本郭方面へ向かっています。

GEDC1167_20120203134423.jpg
 左が、二ノ郭の塁壁、右が本郭の塁壁です。

*さて、牛久番を置いて、佐竹の猛攻を凌ぎきった牛久城と岡見氏ですが・・・

GEDC1169.jpg
 本郭への土橋です。

*やがて北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされるに及び、岡見氏も没落してしまいます。

GEDC1170.jpg
 本郭です。

*牛久には上野太田金山城から由良氏が入りましたが、この本城域は使用せず。外構えの一角に陣屋を置いたとのことです。本城域は以後、使用されることはなかったようです。

GEDC1171.jpg
 本郭からの牛久沼の景色でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」
 > 「茨木の城」
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Comment
Re: 牛久に!
リュウ様 ご来訪ありがとうございます。

 牛久城は一見の価値ありですよ!

 すみません。このレポートの頃は場所を示す地図を掲載していませんでした。

 牛久沼と常磐線が並行しているあたりの北側です。
牛久に!
2006年に仕事で度々牛久に行ってましたが、こんなにわかりやすい小口が残存してる城があったなんて。しかも佐竹との国境だったんですね。司令官は氏照副将ですよね!
場所はどのへんだろう…
木橋の存在
丸馬出しさん 御来訪ありがとうございます。

 本郭とニノ郭の間の木橋ですね。

 あってもおかしくないと思い本郭側に土塁のへこみ等
の「受け」がないかと観察しましたが見当たりませんで
した。

 ニノ郭から本郭への撤退路は、イメージ図の裏側にあ
ったかもしれませんが、そっちのほうは見逃しました。
丸馬出し
いつも楽しみにして
拝見させていただいています。
ところで
二の郭と本郭の間には
木橋があったのかなあ
なんて考えてしまったのですが
実際はどんな感じでしたか?
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