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岡の城山(2) ~ 犬走りの謎

 岡の城山の最終回です。

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 三郭に入りました。

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 岡の城山の現状の特徴として、ほぼ全域をめぐる「犬走り」の存在があげられます。
 現状は、堀底と犬走りが、ほぼ同じ高さでつながっているため。堀底道と犬走りが連動した防備であると解釈される場合も多いようです。

 私も、今回、自分でイメージ図を作成するまでそう思っていました。

 しかし、どうでしょう?

 北条氏が1546年に川越合戦で扇谷上杉氏を滅亡させてからは、朝霞市地域は安定した北条領の内部に位置することになり、その戦略的価値を失っています。記録がないのはそのためで、おそらく廃城となったことでしょう。廃城になってから現在まで500年に近い年月が経過しています。

 堀は両側が高くなっているため、落ち葉などが堆積しやすくなりどんどん埋まって行きます。一方、犬走りは、片側が削り落とされているため、落ち葉が堆積しにくく、旧状が保たれやすいのです。

 岡の城山の堀幅は4~5メートルはあります。深さは4~5メートルあったはずです。現状の堀の深さは1メートル程です。現状の深さ1メートルほどの堀と、犬走りが同じ高さであるということは、往時、深さ4~5メートルの堀底と、犬走りには3~4メートルの段差があったことになります。当時の日本人の身長が高くて150センチほどであったことを考え合わせると、堀底と犬走りが連動した防御はありえなかったと推察いたします。

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 三郭と二郭を隔てる堀です。大変浅く、埋まってしまっているのが解ります。

 三郭から二郭への侵入路には、二郭から張り出したやぐら台からの横矢攻撃の制圧下にあります。

*先ほどの犬走りの話しですが、郭のエッジを鋭角に保つ技術がなかった、または、土質が柔らかく鋭角を保てないために、エッジを二段にして、崩落を防いだ・・・ つまり、犬走りとしての構築ではなかった可能性も考えられます。

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 三郭から二郭へ入るところです。

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 二郭から、本郭の横矢張り出しには、橋が架けられています。

 横矢張り出しに橋を架けては、横矢攻撃ができませんので、往時の橋は、イメージ図のように中央にあったと推察します。

 横矢張り出しと、やぐら台の両方向から、横矢をかけることができる両横矢であったと思われます。

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 本郭の手前の堀です。右側が本郭です。
 奥の方で堀が屈曲しています。そこに本来の橋が架かっていたと思います。

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 本郭に入りました。

 駐屯用の建物をおける広さは確保されています。

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 やぐら台です。奥が高くなっていますね。

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 本郭の東下には駐車場があり、すぐ隣には目黒川が流れています。

 川と低湿地に三方向を守られた要害の地であったことが解ります。

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 駐車場から見上げた本郭の塁壁でお別れです。

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Comment
犬走りの謎
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 郭と犬走りとの段差が1メートルほどなのです。

 槍は、戦国後期にどんどん長くなっていきまし
たが、道灌の頃は1メートル強だったのかもしれ
ませんね。
丸馬出し
いつも楽しく拝見させていただいています。
犬走りの件ですが、柵を立ててあったスペース
ではとピンときました。
おそらく、塁上からの槍の射程範囲にはいっている
のではないかなあと思われるのですが
実際はどうでしたか?
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