FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  上野坂本城(3) ~ 水の手残存

上野坂本城(3) ~ 水の手残存

 坂本城の最終話です。

GEDC0669.jpg

 二郭と本郭を隔てる堀は竪掘となって、南斜面を降りて行きます。

*その後、武田信玄は上田原の戦いで、村上義清に苦杯をなめます。武田勢は上野愛宕山城を維持する余裕がなくなり撤兵した。

 愛宕山城への付城として築かれた坂本城もその役目を終えたと考えると無理がないように思います。

010_20111225113730.jpg

 南側からのイメージ図です。

*小田井原の戦いが1547年8月、上田原の戦いが1548年2月ですから、坂本城の存在期間は9、10、11、12、1、2の、6ヶ月となります。僅か半年の存在であるがゆえに記録に残らなかったのではないでしょうか?(妄想です)

 南側から見ると、馬蹄形の縄張りにも見え、馬蹄形の縄張りが流行った南北朝期の築城である可能性も感じますね。(根拠の無い独り言です)

GEDC0670.jpg

 本郭です。左側、つまり北側に土塁があります。二郭の土塁も北側にあり、北側の愛宕山城からの攻撃に備えたと考えれば理にかなっています。(しつこくてすみません)

GEDC0673.jpg

 本郭の南下「え」の段です。

GEDC0675.jpg

 「お」の郭です。

GEDC0676.jpg

 二つの尾根筋に囲まれた谷には、今も水をたたえている場所があり、水の手であると思われます。

 水脈を探る能力を戦国時代の方は持っていたのでしょう。

GEDC0677.jpg

 「か」の郭です。結構広いです。愛宕山城よりも兵士が多く籠れます。

 お師匠のおかげで、ようやく踏査できました。お師匠、ありがとうございました。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」 
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード