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木曽上之段城(1) ~ 信玄に降伏

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成23年11月某日には、木曽上之段城に行って参りました。

木曾福島アク

 長野県木曽郡木曽町福島にあります。

 福島会館前の道路を南下し、木曽川を渡って見上げる塁壁上のグランドが上之段城です。
 関山公園の表示に従って行くとわかりやすいかと思います。

GEDC0500.jpg

 木曽川対岸の福島会館から見た上之段城です。

 住宅地より、一段高くなっていて、急な塁壁に囲まれているのが見て取れます。

dan.jpg

 イメージ図を作成しました。街道が木曽川と塁壁に挟まれて狭くなっている部分があり、街道と水運の両方を押さえることが出来る位置にあることがわかります。

*木曽氏ははじめ、上之段城南方の、小丸山城におり、後に上之段城を築いて移ったとのことです。

GEDC0509.jpg

 「い」の写真です。

*武田信玄が木曽へ侵攻する際、木曽氏は降伏を覚悟していたようです。武田の動員力は2万を超え、木曽軍は多く見積もっても500で、援軍の見込みは無い。没落をまぬがれるには降伏しか道はありません。

GEDC0507.jpg

 二郭です。木曽氏の動員兵力からすると広すぎます。

*信玄へ抵抗するつもりがあるのであれば、上之段城を焼き払って、詰城の福島城へ籠ったことでしょう。

 しかし、当主の木曽義康は上之段城にて、信玄を迎え、上之段城を明け渡しています。

 居城の建物を残して、明け渡すことが、当時の降参のルールだったのです。

GEDC0512.jpg

 本郭に登ってみました。木曽教育委員会で頂いた資料によると、本郭はグラウンドを広げるために削り取られてしまったとのことで、現在は人一人通るのがやっとの細尾根になってしまっていました。

 小笠原に焼かれるへ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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