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木曽福島城(2) ~ 小笠原貞慶侵攻

 木曽福島城の第2話です。

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 三郭から二郭方面を撮影しました。

 左側が「う」の郭で、右奥が二郭の塁壁です。

GEDC0478.jpg

 「う」の郭にいます。

*木曽義康は、武田信玄に降伏し、その後、木曽義昌が跡を継ぎます。その後、武田信玄が亡くなり、勝頼が跡を継ぎます。

 勝頼は織田・徳川連合に圧迫され、木曽義昌は勝頼を見捨て、織田に寝返ります。

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*勝頼が滅びると、木曽義昌には、木曽谷に加え、深志城(現松本城)周辺が与えられます。

 しかし、深志城周辺への統治が行き届く前、僅か4ヶ月後には、織田信長が本能寺の変に倒れるてしまい、越後の上杉景勝の支援を受けた小笠原洞雪斎が深志城を奪取、それもつかの間、今度は徳川家康の支援を受けた小笠原家嫡流の小笠原貞慶が深志城に入城します。

 織田信長が死んでも織田家は健在であった為、木曽義昌は織田家の傘下であり続けました。家康も織田家傘下としての信濃確保でした。

GEDC0479.jpg

 「う」から見た二郭の塁壁です。

*1584年には、小牧長久手の戦いが勃発し、豊臣秀吉VS徳川家康・織田信雄連合軍が覇を競いますが、織田信雄は秀吉に屈服します。織田家は完全に没落し、秀吉の覇権が確立します。

 秀吉は、家康にも屈服を迫りますが、家康は首を縦に振りません。

 そこで、秀吉は家康派であった木曽氏を勧誘し、味方に引き入れました。

GEDC0480.jpg

 二郭です。

*木曽氏の寝返りに怒った家康は、木曽討伐の兵を向けます。

 木曽谷南部の妻籠城へ、菅沼定利を、木曽福島城へ、小笠原貞慶を派遣します。

 小笠原貞慶は、木曽配下の贄川氏を内応じさせ、贄川氏の手引きで鳥居峠を無傷で突破し、あっという間に木曽福島城下に迫りました。

GEDC0481.jpg

 二郭から、本郭を撮影しました。

 木曽氏没落へ続く・・・

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