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奥平城 ~ 三河奥平氏発祥の地

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成23年9月28日には、奥平城に行って参りました。

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 群馬県高崎市吉井町下奥平にあります。
 上信越自動車道吉井インターを降りて、県道を北上して、国道254号線を左折し、西へ進みます。1,5キロほど進んで白井交差点右折すると県道171号を北上することとなります。上信電鉄を越え、鏑川を越えると突き当たりを、左折。県道200号を北西に進むと、800メートルほどで、岩平小学校があります。

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 ここからが解り難く、私はグルグルと迷い時間をかなり浪費してしまいました。わらにすがる思いで岩平小学校に立ち寄り、道を尋ねましたところ、若くて美しい女性の先生が詳しく道を教えて下さり、どうにかたどり着くことが出来ました。有り難うございました。

 イメージ図に道順も加えておきましたので、参考になさって下さい。

 イメージ図は、日本城郭体系掲載図面とヤフー地形図を参考に作成しました。

 一番下の郭の、南側の沢堀は現状埋められてしまっているようです。

GEDC0190.jpg

 小学校から、交差点を右折すると、スグ左にこの左折路があります進んでください。

 突きあたりの石垣を右折して・・・

GEDC0191.jpg

 道なりに下っていくと・・・ 塁壁の下に看板が見えます。

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*奥平氏はこの地の土豪でした。新田義貞に従っていましたが、新田義貞は足利尊氏との争いに敗れ没落してしまいます。
 奥平氏はこの地にいづらくなり、ツテヲ頼って、三河の作手に移り、 「川尻城」 を築きました。

 川尻城と奥平城の両方を訪問して面白かったのは、城の選地がホボ同じということです。両城とも三方を山に囲まれた台地の先端に築城しています。

 奥平氏が、上野から移ってきたことが選地から証明できますね。

GEDC0193.jpg

 現在立っている場所はスデニ城内です。

 解説版と標柱の間の道を登っていきます。

*奥平氏は、作手で勢力を伸ばし、長篠城の守備を任され、守りぬき、近世大名への道を進んでいきます。

GEDC0195.jpg

 上の段は畑になっていました。

GEDC0198.jpg

 畑の奥は濃密な竹林で藪蚊が大量に・・・

GEDC0199.jpg

 南側の沢に落ち込んでいる場所です。

GEDC0200.jpg

 蚊の攻撃に耐えかねて、下山しました。

 写真は北側の裾を、沢が洗う写真です。

 奥平城は南北二本の沢を天然の堀として活用していました。

GEDC0202.jpg

 東からの遠景でお別れです。

 背後への守りが弱いところに創始の古さを感じさせます。

 ホームページ 「土の城への衝動」
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