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上野新堀城(1) ~ 平井城北西の守り

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成23年9月28日、休日出勤の代休が取れたので、大学院のレポートに取り組むために牛伏山のあずま屋に行きました。静かで集中できるんですねここが・・・

 一日かかるかなと予想していましたが、午前中に今日のノルマをクリアできました。

 空いた時間をどうしましょう? 城本も、城の位置を書き込んだ地図も持ってきていない・・・ 牛伏山の展望台に行くと高崎市吉井地区のパンフレットがあり、新堀城の位置が記載されておりました。行って参りました。

a新堀アク

 上信越自動車道吉井インターを降りて、県道41号線を南東に2キロほど進むと、普賢寺入り口の看板がありますので、細い道を左折しましょう。

GEDC0148.jpg

 群馬県高崎市吉井町大比良の普賢寺のすぐ北方にあります。

 駐車場をお借りしました。

002_20111009082153.jpg


 イメージ図を作成しました。この新堀城は、同じ鏑川南岸の麻場城と縄張りが酷似しています。麻場城は見事に復元されています。だので、麻場城の復元状況を参考にイメージ図を作成しました。

 本丸西側、イメージ図手前の堀は、現状腰郭にしか見えませんが、往事は深さ7メートル級の横堀があったと思われます。

 馬出し南側(図では右側)の堀は、一郷山城展望台掲載図面をもとに描写しました。現状は消滅しています。

GEDC0165.jpg

 駐車場から東へ向かい、初めての交差点を左折すると、馬出しの塁壁に突きあたります。写真は馬出しの塁壁です。道は塁壁に沿って、右へカーブしています。その先の交差点を左折しましょう。

 一郷山城解説版によりますと、室町時代、関東管領上杉憲実が、鎌倉公方足利持氏を争って、鎌倉を退去し、平井城を築いて拠点としたさい、新堀城も造られたとのことです。

GEDC0149.jpg

 左が馬出し、中央が堀、右が本郭です。堀幅は8メートルはあり、往時は深さもそのぐらいあったと推察いたします。

GEDC0150.jpg

 本丸のハジッコにはささやかな解説版があります。

 GEDC0151.jpg

 本丸です。平井城の本丸より広いです。これだけの規模の城でありながら、この城に関する記録が少ないのは何故なのでしょう?

 鏑川南岸築城様式へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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