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葛尾城(7) ~ 堀切、堀切、堀切

 葛尾城の第7話です。

 本郭の北側には、堀切が連続してうがたれています。

042_20110703083205.jpg

 北側から見上げた本郭の塁壁です。

hon.jpg

 本城域と呼ばれる部分を東から見たイメージ図です。

 堀切だけではなく、段差が激しく・・・ 防御性を増しています。

 五遁のことだから大げさに描いているのでは? と、思われるでしょうが・・・

 是非皆さん。現地で確かめてみてください。

043_20110703083236.jpg

 北1堀と北2堀の間の小塁です。

045_20110703083310.jpg

 北1堀です。

047_20110703083709.jpg

 先ほど紹介した小塁の先は、ぐんと落ち込んでいて、北2堀となっています。

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 細尾根が続き・・・
 
050_20110703083935.jpg

 北4堀です。

049_20110703083856.jpg

 北4堀には解説看板が設置されています。

051_20110703084006.jpg

 北4堀は、深く急なので、階段が設けられています。

 姫城への道へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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Comment
Re: 見つけてしまいました・・。
 丸馬出しさん。ご来訪有り難うございます。
 勘助道の情報有り難うございます。
 葛尾城自落前、真田は現在の県道35号を北上して、川中島の寺尾氏を救援に
行っています。
 35号から葛尾城へは直線距離で5キロ程度ですから、35号方面から五里ヶ
峰へ至り、葛尾城へ攻め下る構想も、あながち否定できませんね。
見つけてしまいました・・。
勘助道という名前ですが、どう考えても搦手だとおもいますが、攻城の後でスイマセン・・・。
http://www41.tok2.com/home/capino/mori/mori09/09_02_02kyodai/index.html

改めてよくわかったのですが、この城の防御にはかなりの兵が必要だったとおもいますので、自落は致し方なかったのでしょうね。(防御線がコンパクトではなそうですし、砥石城とはその点が大きく違いますね)
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