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葛尾城(5) ~ 更に尾根筋普請群

 葛尾城の第5話です。

s1.jpg

 葛尾城の全体概念図です。

 (2)の部分の紹介をして参ります。

s4.jpg

 (2)の部分のイメージ図です。

026_20110619220713.jpg

 (う)の下の郭です。

028_20110619220930.jpg

 (う)の郭です。

029_20110619221150.jpg

 (い)の郭でです。

031_20110619221430.jpg

 竪掘を見下ろしました。

032_20110619221515.jpg

 (あ)の上の郭です。

 このように、尾根筋郭群には、多くの兵士が駐屯でき、敵を迎撃出来る構造がコレデモカと続いています。

 物見か? 詰城か? へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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Comment
Re: お久しぶりです
 儀一殿。御来訪ありがとうございます。
 「俯瞰図」で「城の性格」が伝わる・・・
 大変、有り難いお言葉を頂戴いたしました。
 目測でイメージ図を作成しているので必ずしも正確ではないのですが、
その城の性格を、伝えたいと思い、下手ながら取り組んでおります。
 今後とも、ご覧いただければ有り難く損じます。
Re: この郭は
 丸馬だしさん。御来訪ありがとうございます。
 おっしゃる通り、岩崎城から(1)にかけての
普請はかなり、曖昧な印象があったのですが、(2)
の部分は、シャープさが感じられ、普請の時期が違
うのではと感じておりました。
 あと、信濃川の件ですが、現地で地勢を見た印象
では、往時は二つの尾根の先端を洗っていたと感じ
ました。二つの尾根に囲まれた平地が外郭となって
いた可能性も感じますね。
 信濃川が二つの尾根の先端を洗っていたなら、信
濃川が荒れた際、現状の街道は使用が難しくなり、
代替路として、姫城、泉平、岩崎城をつなぐ道が使
用された可能性も感じます。
お久しぶりです
お元気でしょうか?
最近私は平野部の館跡に調査が移行してしまったので再び山城を果敢に攻められるように体を鍛えるようにしました。

それにしても俯瞰図の書き方がとても分かり易いです。
こちらで公開されている多くの山城を行っていませんが、その図によってある程度構成がイメージできるので「城の性格」がよく伝わってきます。

秋頃になったら佐久地方付近の山城を訪ねてみたいので、その時にこちらで参考にさせていただきます。
いつも楽しく充実した山城探訪レポートを読ませていただき、ありがとうございます。
この郭は
いつも楽しく拝見させていただいています。
ご参考までにコメントをさせていただきます。
この郭は武田系の普請の特徴がありますので
落城後に手が加えられたような感じがします。
また、(武蔵様の図で気がついたのですが)
千曲川と書いてある場所も城域だとおもいます。
葛尾城の大手は泉平へ通じる道なのですが
そのことがよくわかります。
(現在は国道18号のせいで千曲川が遠くに離れていますが、
当時は両方の尾根先を千曲川が洗っていたはずですので、
千曲川と姫城、岩崎城の尾根が外郭をなす壮大な城
だったのではないでしょうか)
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