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勝見城(1) ~ 余地峠から上州へ

試合 皆さん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成23年5月14日には、勝見城へ行って参りました。

勝見城アク

 長野県南佐久郡佐久穂町海瀬にあります。

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 西側から見た勝見城です

 この城の詳細なレポートが配信されるのはおそらくこれが初めてであると思われます。
 国道141号から、JR八ヶ岳高原線海瀬駅近くで、国道299号に入り、2キロ強東進します。県道108号と の分岐「余地入口」交差点に到達すると、その真東の尾根の奥に勝見城があります。

112_20110609223918.jpg

 「余地入口」交差点東側数メートルに、この分岐があります。

  行ってみましょう。!

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 三差路だったと思います・・・ その中のこの道を登って行きましょう。

 勝見城は、余地峠を越えて南牧村に至る道と、十国峠を越えて上野村に至る道の分岐に位置し、両方の道をその影響下に置くことが出来る、重要拠点であったと思われます。

 1560年、武田信玄は、上州国峰城を追われた小幡氏を庇護し、佐久に領地を与えるとともに、余地峠を越えて上州の南牧衆を懐柔し、南牧の砥沢城に小幡氏を入れ、南牧衆の市川氏に補佐させました。この時に 砥沢城 は整備されました。

110_20110609224227.jpg

 登りきったここに車を停めさせた頂くのがよろしいかと・・・

 1561年、武田信玄は2万の軍勢で、武田勢は度々余地峠を越え、国峰城を奪回、小幡氏へ国峰城を返しました。
 このように西上州制圧には、余地峠が重きをなしていたため、勝見城にも街道監視の役割があったことと思われます。

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 北から見た勝見城の全体図です。

 先ほどの写真は「あ」の場所です。

109_20110609224611.jpg

 尾根筋をしばらく登った場所から、下の方を見下ろした写真です。

 まだまだ、ユルイもんですね・・・

 勝見城は、コンナモンジャないですよ!

 巨石の城門へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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Comment
Re: 続編楽しみですね
らんまる様。
ご来訪有り難うございます。
宮坂先生の図面があるのですか?
勉強不足で・・・
宮坂先生の本は牧野島城近くの図書館でチラ見しただけです。
図面は、作者の解釈が入ってくるので・・・
宮坂先生の解釈と私の解釈が違う城が幾つかあったのを覚えています。
勝見城はどうなることでしょう・・・
続編楽しみですね
こんばんわ。

勝見城はWeb上では恐らく初の公開になるんでしょうね。私も見た事がありません。

宮坂先生の縄張り図を見ると攻城の甲斐がありそうな未開の城ですねぇ~。
レポート楽しみにしています。
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