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海ノ口城(4) ~ 伝説の真相は?

 海ノ口城の最終話です。

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 本郭方面に戻ってきました。2の郭から続く腰郭です。

 前話までが、武田信玄初陣伝説です。

 しかし、これは作り話であるとの説もあります。

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 腰郭をぐるっとまわっていきます。

 作り話説の論拠その1

 甲陽軍艦は江戸時代に作られた小説であり、歴史的事実と合致しない点が多々ある。

001 (2)

 作り話説論拠その2

 平賀源信は甲陽軍艦以外の記録には登場しない。つまり、実在しないのではないか?

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 イメージ図の裏側から見た本郭方面です。起立する巨大な岩に守られて、攻めるのは難しそうです。

 作り話説論拠その3

 海ノ口城の面積からすると籠れて100人程度である。3000人が籠ったなんて、ありえない。

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 西には八ヶ岳が・・・ きれいですね・・・

 まあ、戦記ものが軍勢を水増しするのは常識の範囲ですし、甲陽軍艦にしか出てこないから実在しないとされた山本勘介も最近、いくつもの書面から名前が出てきてますし・・・

 ここで信玄の初陣があったと思った方が楽しいじゃないですか?

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 海ノ口城の遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」     
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Comment
歴史学の流動性・・・
 らんまる様。御来訪ありがとうございます。

 小和田先生が、甲陽軍艦の価値を見直す発言をされていましたか?

 歴史的快挙ですね。

 私はヒネクレ者でして、みんなが右と言えば、自分は左を・・・

といった思考回路があります。

 上田原の合戦も、戦場にとどまり続け、真田郷を制圧した信玄の勝利
だと思っています。

 戸石崩れも、信玄の本隊は無傷で諏訪湯川砦に帰還したと、こうはく
さい記に記されており、信玄の惨敗ではないと思っています。

 今後、新たな歴史が解明されるのが楽しみですね。
同感ですね
こんばんわ。
先日小和田哲男教授の講演会でも「甲陽軍艦」の信憑性はだいぶ見直しをされているとのお話でした。
貴殿のおっしゃる通り軍勢の人数などは口述の段階でだいぶ誇張されたり、年月の記載も誤りが多いのは語り継がれる段階で齟齬があったのではないだろうか・・と先生もおっしゃられていました。学会では甲陽軍艦の記載を検証していき以前のように完全否定する事は無いそうです。
平賀源心が実在したかどうかという議論よりも、そういう前提で史実を肯定して現地を訪れると浪漫が感じられます。若き晴信の躍動と息遣いが感じられる唯一の城跡だと小生も思います。
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