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海ノ口城(2) ~ 標高1300メートル

 佐久海ノ口城の第2話です。

 尾根筋にたどり着きました。

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 日本城郭体系によりますと、ここは大芝峠といいい、海ノ口と相木を結ぶ幹線道路であったようです。

 グーグル地形図を参照すると、海ノ口城本郭は標高1300メートルです。そんな高い場所に城をかまえても周囲に何の影響も及ぼすことが出来ないのではとも思いますが、そうではなく街道を押さえる城だったのですね。

 峠と本郭との比高は30メートルほどと推定され、峠を取り込んだ城とも言えそうです。

 標高1300メートルといっても、フモトの里が標高1000メートルなのですから、比高は300メートルでそれほどのものでもないことになります。

001 (2)

 イメージ図を作成しました。削平地は本郭周辺だけで、あとは尾根を掘りきっただけの単純な作りです。

009_20110528161137.jpg

 堀2です。往時もそれほど深くなかったように思えます。

 甲陽軍艦によりますと・・・ 

 武田信玄のお父さん武田信虎が海ノ口城を攻めた際、平賀源信が海ノ口城に籠っていたとのことです。

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 三の郭です。

 平賀氏は、鎌倉時代に新羅三郎義光の子孫が佐久を領有して平賀氏を名乗ったのが始めとされています。

 鎌倉幕府の没落とともに権威が衰え、信濃衆守護の支族大井氏の配下に組み込まれ、室町時代を過ごします。

 甲斐武田の佐久侵攻に際し、大井氏の命令で境界近い海ノ口城の守備にあたっていたのだということになりましょうか。

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 二郭です。奥が御郭です。

 武田信玄のお父さん「信虎」は、海ノ口城を攻めますが、守りが堅く、なかなか落とすことが出来ません。

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 本郭にたどり着きました。

 年の瀬が迫り、雪も降り続いたため、海ノ口城攻略をあきらめて帰陣することに軍議が決しました。

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 石碑にも初陣伝説が記されています。武田の兵は7,8千、海ノ口城兵は3千となっています。

 初陣が、シンガリ? へ、続く・・・

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