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諏訪朝倉山城「2」 ~ 烽火台ネットワーク

 朝日山城の最終回です。

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 二の郭に入りました。奥に本郭が見えます。

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 イメージ図を作成しました。

 それなりに堀があるように描きましたが、実際には堀幅は1.5~2メートルで、戦国後期の実戦に耐えれるような代物ではありません。

 茅野市発行地誌には、「武田の手が入っているのでは?」との推論が記載されていますが、賛同できません。

 朝倉山城が機能したのと同じ時期に、ふもとで普請された湯川砦に直径20メートルの丸馬しが存在していたのですから・・・ 深さ10メートルの堀が現存しているのですから・・・

 朝倉山城は元々土豪塩川氏の城であった。塩川氏が武田に降った後は烽火台として使用された。武田が諏訪統治の要として増築した上原城は大門峠方向の展望が利かないことから、大門峠への展望が利く朝倉山城~鬼場城~齢松山城~上原城といった烽火台ネットワークを整え、村上勢の侵攻に備えたと理解すべきだと思います。

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 本郭です。その気になれば50名くらいは籠れるでしょうか?

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 おお、看板の解説は烽火台説ですね。良かった・・

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 後郭から見た本郭の塁壁です。

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 東郭です。

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 東郭から見下ろした湯川砦です。中央の、左右が切り立った台地がそれにあたります。

 バックの八ヶ岳が美しく、健脚の方なら15分で到達できます。造りが古いながらも完全に残存していますので、マニアの方にお勧めです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 
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