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御前原城 ~ 巨大平城の謎

 皆さんこんにちわ。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

御前原アク

 平成23年3月5日、お城仲間のМさんと、御前原城に行ってきました。

060.jpg

 栃木県矢板市早川町にある御前原公園とその周囲が城跡でした。
 
 駐車場もトイレもあります。

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 往時の縄張り図が掲示されています。

 現在残っているのは、御前の内の部分だけで、あとは工場建設により破壊されてしまいました。

 往時の規模を地図に落とし込むと、東西600メートル、南北1.2キロという規模になります。

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 北側の堀と土塁です。

 御前原城の記録は少なく、塩谷氏の領国にあることから宇都宮氏の分流「塩谷氏」の城であると推察されています。

 西方にある川崎城が戦時の詰め城で、御前原城は平時の政庁であろうという説が有力です。

062.jpg

 西側の小口です。

 御前原城の謎はその巨大さです。

 塩谷氏の動員兵力は多く見積もっても500名程度です。

 主郭にあたる御前の内だけでさえ、守るには最低2000人は必要と思われます。

 総構えを含めると万を超す軍勢の駐屯が可能です。

064_20110320135212.jpg

 土塁があると登らずにはいられません。西側の土塁上から南側を撮影しました。

 塩谷氏単独では、これだけ広大な城を築く必要性はありませんし、その財力も無かったはずです。

066.jpg

 南側の土塁上から、東側を撮影しました。

 以下、私の妄想です。

 南北朝時代、東北では南朝の勢力が優勢な時期がありました。南部氏、北畠氏が南朝でした。福島では、長沼氏と白川結城氏、栃木では宇都宮氏、小山氏、茨木では小田氏が南朝でした。

 特に白川結城氏の勢力は強大で、一時は関東を席巻しました。

 御前原城は、白川結城氏の本拠白河市と、宇都宮氏の本拠宇都宮市の中間にあたります。

 このことから、御前原城は、北畠氏や、白川結城氏が宇都宮へ、そして関東へ兵を進めるさいの、兵站基地として、拡張工事を受けたのではないでしょうか?

 以上、素人の妄想でした。

067_20110320140430.jpg

 南北朝の動乱がおさまると、塩谷氏は御前原城を使用し続けたのでしょうが、その巨大さをもてあまし、御前の内の一角4分の1を囲って、分相応の規模へと縮小したのだと推察します。

 写真は、その4分の1に区画する土塁です。

 良く整備されていますので、初心者の皆さんにはお勧めです。

 ホームページ 「土の城への衝動」
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