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静岡県葛山城② ~ 武田家と共に滅亡

 葛山城の続きです。

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               二の丸の表示がいい味を出していますね。

 

 1568年12月に、武田信玄が駿河侵攻を開始すると、葛山氏は武田の傘下に入ったようです。

 

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             二の丸から、右側、本丸の塁壁を見上げました。

 

 翌1569年2月、北条氏康が大軍を率いて、駿河に侵攻すると、同年4月に武田信玄は甲斐へ撤退。葛山氏は、北条の傘下となったようです。

 

 

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      本丸には、東屋が建っています。100名篭れるかな? といった広さです。

 

 同年、12月には武田信玄が再び、駿河を制圧し、葛山氏は、武田の傘下となったようです。

 

 国ザカイの小豪族は、大国同士の争いに翻弄され続けるのでした。

 

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     解説版です。居館と詰城が一対となって現存する貴重な史跡だと記してあります。

 

 葛山氏は、周囲に翻弄されていただけなのに、1573年、武田より、北条への内通を疑われ、当主が殺されてしまいます。

IMG_1366.jpg

              西側の尾根続きにも、二重の堀切が見られます。

 

 武田氏は、信玄六男を葛山家へ養子に出し、葛山家を継がせます。

 

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 南側から見た、二重堀のうちの、ヒトツノ堀です。ここでも重複する表示が旅情をカキタテマス!

 

  1582年、織田、徳川連合の甲斐乱入で、武田氏が滅びると、葛山氏も滅亡となりました。

 

  葛山氏は、この地を守りたかっただけなのに・・・ 戦国無常・・・

 

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      西側の尾根続きに、葛山古城があるとの表示をたよりに登り始めましたが・・・

 

                 藪に阻まれて断念いたしました・・・・

 

 1582年、葛山氏は滅亡しますが、その血を引く御宿氏が、この地に侵攻して来た徳川氏に取り立てられたのが、せめてもの救いでした。

 

IMG_1370.jpg

              北側の沢筋に水の手らしき遺構を発見しました。

 

 

IMG_1371.jpg

 水の手の沢を下っていくと、水の手の沢への敵の進入を阻む為の土塁と思われる遺構を発見しました。もしかして、この土塁に気がついたのは私・・・ 私だけ?

 他の城本や、城ホームページに載ってない・・・

 

 この様な些細な思い込みが土の城への衝動を増大させるのでした・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

 

 

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