FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  櫛引城③ ~ 残存、南堀!

櫛引城③ ~ 残存、南堀!

 櫛引城の最終話です。

fe 014

 二の郭東側の塁壁は長いので、位置をずらしてもう一度撮影しました。

 現状で比高が3メートル近くあり、耕作により堀が埋められていることを考え合わせると、往時は、8メートルくらいの塁壁だったのではないでしょうか?

fe 015

 二の郭に戻って、南方向を撮影しました。

 郭のラインが奥で直角に曲がっています。

fe_20101231123117.jpg

 イメージ図です。二の郭と本郭の北側の斜面にも段郭があるように見えましたが、藪であり、何といっても城攻めに八戸に来たのではなく、父の七回忌のために来たので、革靴を履いていたため、踏査を断念しました。よって、木を描きこんで誤魔化しています。

fe 017

 先ほどの写真の曲がり角の部分から、西側を撮影しました。

 道路建設により、一部破壊されていますが、塁壁と、左側の堀を見て取ることが出来ます。

fe 018

 本郭南側の帯郭へ入って行きます。

 このアタリの南側、写真では、左側の堀が深いです。

 深さ20メートル以上あるように感じました。

 写真にするとタダノ林にしか見えないのですが、皆さん、現地でご確認下さい。

fe 019

 帯郭から本郭の塁壁を撮影しました。

 城攻兵を、二の郭から、この狭い帯郭へ誘導することにより、城攻兵の集団性に制限を与え、撃破しやすくする工夫であると思われます。

 九戸の乱が勃発すると、櫛引氏は九戸方にに身を投じます。南部総鎮守を守り通してきたプライドが、三戸南部の家臣に甘んじることを潔しとしなかったのでしょうか?

 九戸の乱は鎮圧され、櫛引氏は滅亡、櫛引城も廃城となったのでした。

*文末ではありますが、到達にあたって大きな指針とさせていただきました「陸奥の城塞」様に、感謝申し上げます。有り難うございました。

 ホームページ 「土の城への衝動」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード