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櫛引城① ~ 南部総鎮守管理

 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成22年12月11日、櫛引城に行ってきました。

根城アク

 青森県八戸市櫛引館神にあります。

 亡き父の七回忌の前日に実家へ行くと、兄貴が「どこか行きたいところ、あるか?」と聞いてきたので、素直な私は「櫛引城」と応えてしまったのでした。

 ホームページ「陸奥の城塞」様の「櫛引神社南方約2キロ」という情報だけで、兄貴を引きずり回すことに・・・ いつもながら我が儘な弟で済みません・・・

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 櫛引神社です。元々甲斐の国にあった南部家ですが、鎌倉時代に軍功を挙げ、青森県東部から、岩手県北部のあたりを与えられます。そこで甲斐の国からご神体を移し、櫛引八幡宮と呼び、東北南部家の総鎮守としたとのことです。

 兄貴が、巫女さんに櫛引城のことを尋ねると、火産霊神社あたりとのこと。行ってみましたが、それらしき遺構は見られず、(帰宅してから日本城郭体系をひもとくと、往事はそのあたりも総構えにはいっていたようです)引き返しながら探索を続けることに。河岸段丘添いに塁壁らしき遺構を発見! 到達路を模索します。

fe 003

 結果から申し上げます。櫛引神社から国道104号を南下し、馬淵川を渡る直前で左折し、県道134号に入り、櫛引集落を抜け、県道が馬淵川を離れて、左側の坂を登ろうとするあたりに、これがあります。丁度、空き地がありますので車を停めて、背後を見上げると・・・

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「陸奥の城塞」様に掲示してある登り口です。

 日本城郭体系によると、櫛引氏は南部総鎮守の神事を司ることにより、権威を持ち、戦国期に櫛引城を築いたのではないかとのことです。始めは根城南部氏に属していましたが、三戸南部氏が隆盛を示すと、その傘下に入りました。

fe 006

 サホド急ではない斜面を登っていきます。

fe 007

 削平地にたどり着きました。

 その先に塁壁があり、塁壁の上には、櫛引薬師如来堂が・・・

 いってみましょう!

 崖端本郭へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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