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横瀬根小屋城③ ~ 石込め横堀

 横瀬根小屋城の第3話です。

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 北側の横堀です。

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 北側の横堀は、屈曲と上下をしながら10メートル以上続いています。大した普請量です。

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 発掘調査の現場です。堀には、補強の為、石込めがなされていたようです。

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 発掘調査現場から、西郭の塁壁を見上げました、比高は8メートル以上あり、戦国後期の普請を思わせます。

fe_20101219135246.jpg

 イメージ図ですと、「い」の右側です。横瀬根小屋城は普請の途中で、最終的には「い」も障子堀にする計画であったのだと推察します

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 またまた、西郭に戻りました。解説版があります。

 秩父氏が在城したとの伝説があるそうです。

 元々は鎌倉期に麓に居館が設けられ、南北朝期に山頂を含めた、馬蹄形の山城となり、戦国末期に北条氏が、武田氏の侵攻に対応し、西郭を補強したといった流れが、想定されます。

 武田信玄が、北条軍を撃破した、1569年の「三増峠合戦」は、有名ですよね。

 その「三増峠合戦」の前後、2回にわたり、武田信玄は秩父に侵攻し、寺社を焼き払っています。北条の危機感は相当なものであったと思われます。

 物見か? 本郭か? に続く・・・

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