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小幡陣屋 ~ 百万石からの転落

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年4月29日、小幡陣屋に行って参りました。

楽山アク

 群馬県甘楽郡甘楽町大字小幡648-2にあります。

DSCF3135.jpg
 織田信長の次男、織田信雄がこの地を与えられ、陣屋を構えたということです。

 入り口には、四脚門が復元されています。

 陣屋に隣接して築庭された楽山園が、国指定の名勝となっており、一般的には楽山園の入り口となっています。

DSCF3137.jpg
 門の背後には石積みの枡形がありますね。

*織田信雄さんと言えば、あまり評判のぱっとしない方ですね。

 様々なエピソードが残されています。

<エピソードその1>
 お父さんの信長に無断で伊賀攻めをして、散々に負けてしまった。

<エピソードその2>
 お父さんの信長が本能寺の変に倒れた後、信長が心血を注いで築き上げた安土城を、意味もなく燃やしてしまった。

 しかし、清州会議では100万石の領地をみとめられた。


DSCF3138.jpg
 枡形の背後には土塁があります。

<エピソードその3>
 秀吉が、柴田勝家と弟の織田信孝を滅ぼせば、自分を推戴してくれると思いこみ、秀吉に加担するも袖にされると、今度は徳川家康をまきこんで、小牧長久手の戦いを引き起こす。なのに、家康に無断で秀吉に降伏してしまう。
 多大の領地返上を余儀なくされた。


DSCF3139.jpg
 土塁の前には堀がありますね。

 この様に正面は、「見せる為の防御設備」が施されていますが、他方向はそうでもありません。

 あくまでも陣屋だったのですね。

 写真の右側に見える建物が資料館です。

<エピソードその4>
 秀吉に降伏したのなら、ハイハイと言うことを聞いていればいいものを・・・

 小田原の役後に、領地の配置転換を秀吉から提示されるとこれを拒否!

 秀吉の怒りを買い、領地全没収の上、流配・・・


DSCF3150.jpg
 資料館内には、ここ小幡藩の歴代藩主が掲示されています。

<エピソードその5>
 徳川家康が、豊臣秀吉に赦免を要請してくれたおかげで、小大名に復帰できたものの、関ヶ原の戦いから、大坂の陣にかけては、徳川か豊臣か腰の定まらない対応に終始。

 豊臣家滅亡後、小幡の地を与えられて、存続を許されました。

 これは、天下を手中にした徳川家が、織田家の様な名家をも家臣に加えているという、徳川家の箔付けに利用されたのではないかと思われます。


DSCF3151.jpg
 資料館には、織田信雄自筆の書状も展示されています。

*百万石から転落しても、余生を小大名として過ごせたのですから、庶民からすればうらやましい話ではありますね。

DSCF3153.jpg
 由来不明の、餅つきモニュメントでお別れです。

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