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麻績古城(5) ~ 上杉VS小笠原 争奪!

 麻績古城の第5話です。

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 今度は南西方面の尾根筋にきました。こちらの尾根筋にも巨岩があります。

*小笠原貞慶の懇願を、徳川家康は受け入れ、兵をつけて、深志城へ入らせました。

 分流小笠原洞雪斎と上杉の支配を快く思っていなかった旧臣たちは、嫡流小笠原貞慶を喜んで受け入れました。

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 上の写真は、「こ」の郭の塁壁をなす巨岩です。

 重ねてお伝えしますが、岩を図面に描き込む描写力が無い為、岩を無視したイメージ図になっております。

*小笠原貞慶は、安曇、筑摩の大半を回復しましたが、この地の麻績氏と、麻績氏庶流の青柳氏は、上杉景勝の陣営に残り、小笠原貞慶へ頑強に抵抗しました。

 「おのれ! 麻績、青柳! 小笠原の分流でありながら、父長時を見捨てたばかりか、この度もこの俺に背くとは! この恨み晴らさでおかれようか?!」小笠原長慶の心には怒りの炎が燃え上がるのでした。

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 「こ」の郭です。

*1583年4月、小笠原貞慶が麻績に侵攻します。麻績城と青柳城を奪取し、父長時時代の領地を完全に復活させることが目的でした。

 小笠原貞慶侵攻の報を聞いた、上杉方は北信濃4郡の軍勢を麻績へ差し向けました。

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 「け」の郭の塁壁をなす巨岩です。

*両軍は麻績城下で激突、数で勝る上杉軍の前に、小笠原勢は崩れたち、そこに青柳城から青柳源太左衛門が討って出て、側面を突いたため、小笠原軍は2千の死者を出して壊滅。小笠原貞慶は僅か30騎で深志城に逃げ帰ったとのことです。

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「こ」の郭から、「け」の郭への登り口です。

*上杉勢は、小笠原勢が再び攻めよせて来ることを警戒し、この麻績古城に大規模な改修を行ったことと思われます。

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 「け」の郭です。

*1584年3月、小笠原貞慶は隣の青柳城に攻めよせますが、落とせずに撤退しています。

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 「け」の郭の東側には、岩盤を削り込んだ竪掘があり、迂回出来ないようになっています。

*この頃、豊臣秀吉と徳川家康の間で、小牧長久手の戦いが勃発します。

 この地での戦いは豊臣秀吉派上杉景勝と、徳川家康派小笠原貞慶による代理戦争の様相を呈してきました。

 徳川家康は、上杉景勝に忍従していた屋代秀正を寝返らせました。屋代秀正は、荒砥城に次いで虚空蔵山城に立て籠もり、上杉軍と抗戦に及んだため、上杉軍は麻績に援軍を向けることが出来なくなってしまいました。

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 「く」の郭です。

*そのすきに乗じて、小笠原貞慶は麻績へ三度にわたり攻めよせ、ついに、麻績左衛門と青柳源太左衛門は降伏するのでした。

 麻績左衛門は、小笠原氏へ忍従し、青柳源太左衛門は上杉領へ逐電しました。青柳城には一族の青柳頼長を跡がまに据えました。

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 右が「き」の郭の塁壁、左奥が「本郭」の塁壁です。

 「麻績古城第6話・お化けナタ」へ続く・・・

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