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倉ヶ崎城④ ~ 公方家再興

 倉ヶ崎城の最終話です。

n 026

 橋の上から堀を見おろしました。

 この堀を見るだけでも、倉ヶ崎城を訪問する価値があると思われます。

n 027

 東二郭に入りました。ここを本丸とした時期もあったと思われます。

 さて、危機を脱した塩谷信孝ですが、1590年、小田原北条氏を攻め滅ぼした豊臣秀吉の勘気に触れ、没落してしまいます。

n 028

 東二郭の小口です。

 没落の原因は、秀吉に兵糧の調達を命じられたのだが、取り次ぎ役が、ワザと伝えず、秀吉を無視した形になったなどの説がありますが、定かではないようです。

n 001

 秀吉は、関東の名門「古河公方家」の家系が途絶えたのを惜しみ、分流小弓公方義明の孫と、古河公方美氏の娘を結婚させ、この地を与えました。

n 030

 東二郭の西は段郭になっています。

 そもそも、小弓公方は分流でありながら、本家に成り代わろうとして、本家と抗争を続けたわけですから、両家の心境は複雑であったことでしょう。

n 002

 再興公方家は、喜連川氏を名乗り、倉ヶ崎城の麓に喜連川館を建てました。

 旧喜連町役場周辺がそれにあたるそうで、大手門が復元されています。

 徳川家康も、喜連川氏を厚遇した為、喜連川家は幕末まで存続したとのことです。

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