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茨城県石神城② ~ 食い違い小口

 石神城の続きです・・・

 

IMG_2305.jpg

 

 三の郭には、解説版があります。

 

 近隣の額田小野崎氏に攻め落とされた、石神小野崎氏ですが、佐竹氏の斡旋により、石神城へ戻ることが出来たそうです。

 

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            三の郭から実城への小口です。

 

 中央が土橋で、左右に横堀、その先の両脇は土塁で守られています。

 

 横堀も土塁も左右のラインが直線ではなく、ずれています。これは側面攻撃を可能とする、「食い違い小口」です。

 

 武田・北条なら、ここに馬だしや枡形がセットで登場するのですが、これが佐竹流のようです。

 

isigami.jpg

    図では、食い違いを少し大げさに描いてしまいました。

 

IMG_2308.jpg

 

    土橋の上から・・・・ 左が三の郭、中央が堀、右が実城です。

 

 「図説・茨城の城郭」によると、1577年に小野崎氏は、佐竹氏に従って360騎で下野へ出陣した記録があるとのことです。

 

IMG_2309.jpg

 

   実城です。ここも広いですね、城主の御殿があったと推察されます。

 

 1577年は、上杉謙信が亡くなる前年ですね。関東の上杉勢力が縮小し、北条氏の勢力が盛り返していた時期です。

 

 また、この時期、下野では宇都宮氏と那須氏が不仲となり、抗争が生じていましたので、佐竹氏と小野崎氏の下野出陣は、それへの介入であったのかもしれません。

 

IMG_2312.jpg

 

     実城の奥には、遠見城があります。詰めの城とされています。

 

 写真中央に小口があり、往時は木橋が架けられていたと思われます。

 

IMG_2314.jpg

 

 遠見城は狭く、三方を高い土塁に囲まれ、もう一方を、断崖に守れれています。

 

IMG_2317.jpg

 

      イメージ図、左側に ←小口か? と、書いた部分です。

 

 小口っぽく見えますよね! 背後に三の郭の塁壁があり、ここからの射撃を考えると、抜くのは容易ではありません。

 

IMG_2318.jpg

 

               図、左上の水堀です。

 

 1602年、佐竹氏が秋田へ転封となると、石神小野崎氏もこれに従い、以後、石神城は、廃城となったとのことです。

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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