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江音寺 ~ 千野家菩提寺

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年12月2日、お城仲間のМさんと江音寺に行ってまいりました。

江音アク

 長野県諏訪市豊田にあります。

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 江音寺の北には鎌倉街道が通っています。

 江音寺の西脇には、諏訪から、有賀峠を経て、北伊奈へ抜ける「有賀峠道」が通っています。

 交通の要衝に位置していますね。

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 山門です。

 1854年に建てられたそうです。

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 しだれ柳が、諏訪市の天然記念物に指定されているとのことです。

 樹齢180年程と推察されています。

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 本堂は、1845年に建てられたそうです。

*江音寺は、茅野家の菩提寺であるということです。

 千野氏は諏訪氏の分流です。

 諏訪高島藩の家老を務めました。

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 こちらのお堂は比較的新しそうですね。

 このお堂の裏手に・・・

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 千野御櫓脇家墓所の表示があります。

 諏訪高島藩家老千野家の別家だそうです。

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 こちらですね。

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 千野本家の墓所もあるということです。

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 本家の方が心なしか立派に見えますね。

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 江音寺からの諏訪盆地の眺めでお別れです。

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土津神社 ~ 将軍異母兄弟

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年9月9日、お城仲間のМさんと土津神社に行ってまいりました。

猪苗代城

 福島県耶麻郡猪苗代町見弥山にあります。

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*土津神社を説明するには、二代将軍徳川秀忠から話を始めなければなりません。

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 水を渡った先が神域ということですね。

*徳川秀忠には、正室がいました。

 しかし、一方、将軍は跡取りをたくさんもうける必要があります。

 正室以外の女性と子をもうけました。

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 橋を渡った先には、白い鳥居があります。

*子は、正室をはばかり、武田信玄の次女見性院に預けられました。

 子が成長すると、見性院は子の身を立ててあげたいと考えました。

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 鳥居の先を登っていくと・・・

*見性院は、武田旧臣高遠藩主保科正光の人柄が誠実であることに信頼を寄せていました。

 子は、見性院の紹介で保科正光の養子となり、保科正之を名乗りました。

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 社殿があります。

*保科正之は、高遠3万石の当主となりました。

 3代将軍徳川家光は、保科正之が自分の弟であることを知ると、やがて、保科正之を会津23万石の大身へ取り立てました。

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 敷地内には、ここかしこに、天皇家の方々の手植えの植物があります。

*保科正之は、神道に帰依し、「土津」(はにつ)の霊神号を与えられていました。

 保科正之は、猪苗代湖を見渡せるこの地へ葬られることを望みました。

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 社殿からかなり上った場所に、保科正之さんの墓所があるということです。

*保科正之の死後、この地に正之を祀る土津神社が建立されました。

 日光東照宮に匹敵する規模であったということですが、戊辰戦争の際、焼き払われてしまったということです。

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 やってきました。

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 棺の上に円墳を築き、その上に八角の鎮石を置いたということです。

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 あれが鎮石ですね。

 立ち入り禁止でしたので、柵の外から望遠で撮影しました。

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 保科正之さんが愛したという、猪苗代を見渡す風景の写真でお別れです。

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八幡塚古墳(7) ~ 石舟での旅立ち

 八幡塚古墳の最終話です。

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 頂点にたどり着きました。

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 頂点から見下ろした東側。

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 何やら階段があります。

 降りてみましょう。

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 古墳の内部に入ることができます。

 スバラシイ!!

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 舟形石棺だそうです。

 歴史ヒストリアによりますと・・・

 古代の人々は、死後の世界があると考えられていた。

 死後の世界へは、舟に乗って行くと信じられていたそうです。

 他の古墳では木造の舟も発掘されているということです。

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 石棺の脇には、副葬品を収めたスペースがあったということです。

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 出土品の写真展示です。

 死後の世界でも寂しくないようにとの思いからでしょうか?

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 石棺を反対方向から。

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 古墳からの榛名山でお別れです。

 榛名の噴火で、古墳も、王権も、人々も・・・

 すべて埋まってしまったんですね。

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八幡塚古墳(5) ~ 葺石

 八幡塚古墳の第5話です。

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 内堀の南側です。

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 内堀の東側です。

 中心部へ登っていきます。

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 一段登りました。

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 発掘調査の結果、石が張り付けてあったので、全面的に復元したそうです。

 葺石(ふきいし)と呼びます。

 前方後円墳の初期と中期にみられ、後期には用いられていないそうです。

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 また、南側に来ました。

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 もう一段登りました。

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 前方後円墳の、前方部分を見上げました。

 「八幡塚古墳第6話・頂部」へ続く・・・

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八幡塚古墳(4) ~ 中島

 八幡塚古墳の第4話です。

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 内堤の上を歩き、北西にやってきました。

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 ピークを見上げました。

 北西からです。

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 今度は北からのピークです。

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 東側に来ました。

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 内堀に降りてきました。

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 市堀の中にある小さな土盛りは・・・

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 中島と呼ばれているそうです。

 祭祀の場か・・・  家族か家臣の墓か・・・ 議論は分かれているようです。

 「八幡塚古墳第5話・葺石」へ続く・・・

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