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伝説の岩屋 ~ 源頼朝雨宿り伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月4日、お城仲間のМさんと伝説の岩屋に行ってきました。

野島崎アク

千葉県南房総市白浜町白浜、野島崎灯台のすぐ南にあります。

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 野島崎灯台の、向かって右側に遊歩道があり・・・

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 海を見ながら進んでいくと・・・

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 現在は使用されていないであろう、白い建物が見えてきます。

 その手前側に・・・

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 「伝説の岩屋」が、あります。

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 源頼朝は、平氏討伐の為伊豆に挙兵しますが、一度は敗れ、安房へ逃れました。

 源頼朝は、当時、海運の要衝であったこの地を訪問しました。

 その際、突然雨が降り出したので、洞穴(岩屋)で雨宿りをしました。

 ・・・という伝説があるそうです。

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 源頼朝が、その後、平家を倒し、鎌倉幕府を樹立するという幸運に恵まれました。

 そのため、白浜の住人は源頼朝の幸運にあやかりたいと考え、幸運の海神「大蛸」を祀ったということです。


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矢尻の井戸 ~ 源頼朝上陸伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月4日、お城仲間のМさんと矢尻の井戸に行ってきました。

須崎アク

 千葉県館山市須崎にあります。

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 目の前には「矢尻の井戸前」バス停があります。

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 「源頼朝公上陸地」の碑があります。

 源頼朝は、平家討伐の為、伊豆に挙兵しますが、一旦は敗れ、海を渡って、安房を目指しました。

 そして、流れ着いたのがこの場所であるという伝説があるそうです。

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 矢尻の井戸水の碑もありますね。

 航海の最中、水不足に苦しんだ頼朝一行は、水場を探しましたが・・・

 ナカナカ見つかりません。

 そこで、源頼朝が矢を地に突き立てると、水がコンコンと湧き出ました。

 めでたしめでたし・・・という伝説もあるそうです。

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 井戸を守るための屋根がしつらえてありますね。

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 英雄にあやかりたいという、庶民の気持ちが、伝説を生みだしたのでしょうか?

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 井戸からの、館山湾の景色でお別れです。 

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海防陣屋 ~ 水戸藩の沿岸警備

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月4日、海防陣屋に行って参りました。

海防アク

 茨城県大洗町磯浜町にあります。

 大洗マリンタワーに登って景色を眺めていたら、城っぽい地形があり・・・

 地図で調べたら、海防陣屋跡であるということで、やってまいりました。

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 この階段を登っていくと・・・

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 たどり着きました。

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 元々は、古墳があったそうです。

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 江戸時代後期になると、異国の船が日本沿岸に渡来することが増えたため、沿岸警備の拠点を築くことになった。

 この場所の見晴らしがよく、要害地形であったため、古墳の一部を破壊し、陣屋を設けたということのようです。

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 北側には、古墳が残存しています。

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 南側は均されています。

 ここに水戸藩海軍の人たちが執務する建物があったのでしょう。

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 段々がありますが、防御の為ではないようです。

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 海の防衛をつかさどるにはぴったりの眺望ですね。

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 大洗マリンタワーからの、海防陣屋でお別れです。

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岩井堂 ~ 秩父26番札所

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年1月28日、お城仲間のМさんと岩井堂に行って参りました。

a根岸城

 埼玉県秩父市下影森にあります。

 経路は昭和電工さんの敷地内にあります。

 昭和電工さんの入場ゲートで車を停め、岩井堂へ行きたい旨をお伝えすると、駐車場への経路を教えてくださいます。

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 駐車場に車を停め、谷底の道を数分進むと・・・

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 長い長い、階段があります。

 頑張って登りましょう!

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 上から見下ろすと、かなり急な階段であることがわかります。

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 登り切った場所にある表示です。

 岩井堂は、もうすぐのようです。

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 短い階段の先に、屋根が見えてきました。

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 岩井堂の下につきました。

 懸崖造りという、建築工法で、江戸時代中期のものであるということです。

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 登り道があります。

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 登ってきました。

 脇に巨大な岩があります。

 昔は、岩に神秘の力が宿ると信じられていたようです。

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 お堂の正面です。

 木彫とお札が、オリエンタルですね。

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 畠山重忠に関する、絵物語のようです。

 尋ね入り むすぶ清水の岩井堂 心の垢を すすがぬわなし という歌があるそうです。

 みなさんも、心の垢をすすぎにいらしては、いかがでしょうか?

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覚林寺 ~ 清正公

 五遁です。

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 面白い名前の交番ですね~

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 交差点の名前まで・・・

 清正公とは、「賤ヶ岳の七本槍」にして、「肥後52万石」の太守、加藤清正さんのことでしょうか?

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 ということで・・・

 平成28年11月24日、覚林寺に行ってまいりました。

 東京都港区白金台一丁目にあります。

 「開運守護清正公大神儀御鎮座」と記されています。

 どうも、加藤清正さんに何かのゆかりがあるようです。

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 本堂です。

 ゆかりを調べてみました。

 加藤清正さんは、秀吉の命令で、朝鮮半島に攻めこみました。

 加藤清正さんは、李氏朝鮮王家の人物を日本に連れて帰りました。

 その人物は僧侶となり、この覚林寺を開山しました。

 境内には、加藤清正さんの位牌と像が祀られているので、古くから地元民は「清正公」せいしょうこうと呼び親しんだということです。

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 清正公堂です。

 ここでは、本堂より、こちらが主役ですね。

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 1845年の大火で焼失し、山門は1856年に、清正公堂は1865年に再建されたということです。

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 清正公堂には、「破摩軍」の額が掲げられています。

 加藤清正さんは、戦に大変強かったため、ここに参拝すると勝負運がアップすると信じられ、多くのアスリートが来訪するそうです。

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