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丸墓山古墳 ~ 石田三成本陣跡


 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五頓です。
 2019年10月16日には、丸墓山古墳に行ってまいりました。

忍城アク

 埼玉県行田市大字埼玉4834、さきたま古墳公園にあります。

丸墓IMG_4942

 石田堤の表示があります。

 1590年、石田三成は、豊臣秀吉の命により、忍城を水攻めにしました。

丸墓IMG_4943

 水をためるための堤防「石田堤」が28キロメートルにもわたって構築されました。

丸墓IMG_4944

 そして、石田三成が本陣を置いたのが、この「丸墓山古墳」であるとされています。

丸墓IMG_4945

 登ってみましょう。

丸墓IMG_4946

 途中で振り返りました。

 石田堤が伸びています。

丸墓IMG_4952

 頂上に着きました。

 思ったよりも広いですね。

 ここで、石田三成、大谷吉継、長束正家、上杉景勝、前田利家、浅野長政らが軍議を開いていたんですね。

丸墓IMG_4948

 稲荷山古墳が見えます。

丸墓IMG_4947

 こちらは将軍山古墳ですね。

丸墓IMG_4949

 忍城の模擬天守が見えるようです。

丸墓IMG_4951

 わかりますでしょうか?

 他の武将が次々と敵城を開城させていく中、自分だけ、いつまでも忍城を落とせない・・・

 ここから忍城を眺める、石田三成の心情は苦悩に満ちていたことでしょう。

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妻沼聖天山(5) ~ 浄財25年


 妻沼聖天山の最終話です。

聖天山③IMG_4782

 思わず、見とれてしまいます。

 さて、日光東照宮は江戸幕府が権力にものを言わせ、多額の資金を投入して建設されました。

 しかし、妻沼聖天山の本堂建設には、権力者はかかわっていないということです。

聖天山③IMG_4783

 地元の庶民の皆さんが、浄財を供出し続けて、建てられたそうです。

聖天山③IMG_4784

 着工から竣工まで、25年の歳月が必要だっということです。

聖天山③IMG_4785

 設計、材料収集の期間を考えると、30年近くの長きにわたり、浄財を提供し続けたということになりますね。

聖天山③IMG_4786

 まことにもって、稀な事例であると思われます。

聖天山③IMG_4787

 この木彫にかかわった方々も一生モノの仕事ですね。

聖天山③IMG_4788

 地元の皆さんは、地域の心の支柱のようなものが欲しかったのでしょうか?

聖天山③IMG_4789

 信仰心が篤い皆様だったのでしょうね。

聖天山③IMG_4790

 囲碁をされる方がいらっしゃいますね。

聖天山③IMG_4791

 精緻ですね。

聖天山③IMG_4795

 平成の修復がなされるまでは、誰でも24時間見ることができたそうです。

聖天山③IMG_4796

 それなのに、切り取られ、持ち去られた木彫はひとつもなかったということです。

聖天山③IMG_4797

 日本人は、崇高なものへの敬意を持っているのですね。

聖天山③IMG_4800

 浄財を供出し続けた多くの皆様、建設にかかわった多くの皆様のおかげで、今、この素晴らしい芸術を堪能できるのですね。

 ありがたい・・・

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妻沼聖天山(4) ~ 国宝本堂


 妻沼聖天山の第4話です。

聖天山③IMG_4770

 本堂の屋根です。

 立派ですね。

 この下には・・・

聖天山③IMG_4768

 木彫があります。

 江戸時代の大火で焼失し、再建されたということです。

聖天山③IMG_4773

 平成15年より、補修と彩色の復元が施されたということです。

聖天山③IMG_4771

 勉学にいそしむ人たちがいますね。

 さて、無料で拝観できるのは本堂の正面部分のみです。

 700円を支払うと側面と背面を見ることができます。

聖天山③IMG_4775
 側面に来ました。

 低い塀をくぐると・・・

聖天山③IMG_4776

 滝と獅子でしょうか?

聖天山③IMG_4777

 窓の装飾がきらびやかです。

聖天山③IMG_4779

 色あざやかですね。

聖天山③IMG_4780

 木彫の技巧性が高いですね。

聖天山③IMG_4781

 自分の写真の腕前が良ければ・・・

 もっと素晴らしさが伝わるでしょうに・・・

 「妻沼聖天山第5話・浄財25年」へ続く・・・

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妻沼聖天山(3) ~ 仁王門


 妻沼聖天山の第3話です。

聖天山②IMG_4738

 中門の先は、仁王門と本堂ですね。

聖天山②IMG_4742

 仁王門です。

 台風により倒壊し、明治27年に再建されたそうです。

聖天山②IMG_4744

 明治の再建なのに、古く感じるのが不思議です。

 木彫はほどこされていませんね。

聖天山②IMG_4750

 門を抜けて右側には籠堂。

聖天山②IMG_4751

 左側には水行堂。

聖天山②IMG_4752

 身を清める場所のようですね。

聖天山②IMG_4753

 こちらは大師堂です。

聖天山②IMG_4756

 弘法大師様が祀られています。

聖天山②IMG_4758

 こちらは相撲場ですね。

聖天山②IMG_4749

 そして、いよいよ国宝の本殿です。

 「妻沼聖天山第4話・国宝本殿」へ続く・・・

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妻沼聖天山(2) ~ 平家物語の英雄


 妻沼聖天山の第2話です。

聖天山②IMG_4730

 貴惣門をあとにし、聖天山の中心部へ向かいます。

 右へ細い道が伸びています。

聖天山②IMG_4731

 斉藤別当実盛公の銅像があります。

 平安時代末期にこの地を治めた武将であるとのことです。

 当初は源氏に属していました。

 旭将軍木曽義仲は当初武蔵の国大蔵館にいましたが、父を敵に討たれてしまいました。

 その際、幼い義仲を信州へ落ちのびさせたのが、斉藤別当実盛ということです。

 その後、平氏に属しました。

 木曽義仲や源頼朝の挙兵で、平氏政権は傾きます。

 しかし、斉藤別当実盛は平氏に属し続け、自らが助けた木曽義仲の軍勢に敗れ、討ち死にしたということです。

 その経過が、平家物語に大きく取り上げられているそうです。

 聖天山は、斉藤別当実盛が領民の安泰を願って開基したそうです。

聖天山②IMG_4732

 実盛公を題材にした唱歌があるとのことです。

聖天山②IMG_4733

 近くのボタンを押すと、結構な音量で唱歌が流れ始め・・・

 周囲に方から「何してるのアンタ!」的な目で見られてしまいました。

聖天山②IMG_4735
 更に進むと、聖天山の絵図が掲示されていました。

聖天山②IMG_4736

 中門の手前右には護摩堂が記されています。

聖天山②IMG_4734

 これですね。

聖天山②IMG_4740

 こちらが中門です。

聖天山②IMG_4739

 室町中期の建造とのことです。

 江戸時代の大火で唯一、焼失しなかったということです。

聖天山②IMG_4741

 シンプルなつくりが、時代を感じさせますね。

 「妻沼聖天山第3話・仁王門」へ続く・・・

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