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陸奥圀一之宮都都古和氣神社 ~ 西郷頼母宮司


 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成30年10月6日、お城仲間のМさんと陸奧國一之宮 都都古和氣神社に行ってまいりました。

赤館アク

 福島県東白川郡棚倉町棚倉字広畑130-7にあります。

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 小高い丘の上にあります。

 「つつこわけじんじゃ」と読むそうです。

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 西郷頼母さんが宮司を務めたと記されています。

 西郷頼母さんは、会津藩の家老ですね。

 戊辰戦争の際は、新政府軍への恭順を唱えましたが、藩主松平容保が抗戦を決意したため、それに従いました。

 会津藩没落後は函館に渡り、新政府軍への抵抗を続けましたが、捕らえられ幽閉されました。

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 釈放されたのち、保科ちかのりと名乗り、当社の宮司を3年間務めたということです。

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 参道を登っていきます。

 841年に記された続日本後記に、都都古和氣神社の記載があり、大変、歴史のある神社であるということです。

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 山門です。

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 陸奥国一之宮と記されています。

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 山門をくぐりまます。

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 鳥居の先が本堂ですね。

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 祝本殿国指定重要文化財と記されています。

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 本殿の写真でお別れです。

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伝通院 ~ 家康の母眠る

 平成30年11月某日、伝通院に行ってきました。

伝通院

 東京都文京区小石川3丁目14にあります。

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 立派な山門ですね。

 太平洋戦争にて焼失したもを、平成22年に再建したということです。

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 正式名称は、無量山 傳通院 寿経寺(むりょうざん・でんづういん・じゅきょうじ)ですが、伝通院と呼びならわされているということです。

 その理由は後程・・・

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 山門の内部です。

 伝統的な木組みの工法ですね。

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 境内に入りました。

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 本堂は、昭和63年の再建であるということです。

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 墓地の図面です。

 中央に於大の方と記されています。

 家康のお母さんですね。

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 於大の方は、後に伝通院と呼ばれたことから、この地を伝通院と呼ぶようになったようです。

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 水野家から、徳川家に嫁いで家康を生んだのですが、水野家と徳川家が敵対関係となった為、家康が3歳の時に離縁され実家に帰ったんですよね。

 家康が、今川家から自立すると、家康から迎えられたんですよね。

 大権現の母も苦労したんですね。

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徳川慶喜終焉の地

 五頓です。

 平成30年11月某日、徳川慶喜終焉の地へ行って参りました。

徳川慶喜

 東京都文京区春日2丁目8−9にあります。

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 地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅を降りて、春日通りを南東へ進みます。

 何の表示もありませんが、この角を右へ曲がり、坂道を下っていきます。

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 丸の内線を見下ろす橋を渡るとすぐ右側に・・・

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 解説版があります。

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 徳川幕府最後の将軍徳川慶喜は、江戸城開城後、水戸、静岡、巣鴨を経て、明治30年にこの地へ移りました。

 大正2年、肺炎にて逝去し、享年は77歳であったということです。

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 現在は、国際仏教学大学院大学の敷地となっており、部外者の私は立ち入りを遠慮させていただきました。

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 せめて、門越しに写真を撮影させていただきました。

 右側の木は、「慶喜公屋敷大銀杏」であるということです。

 更に坂を下っていくと・・・

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 徳川慶喜公屋敷跡の表示があります。

 広いお屋敷だったのですね。

 徳川慶喜さんといえば・・・

 大政奉還をしたと思ったら・・・

 鳥羽伏見の戦いを仕掛け・・・

 と思ったら、江戸城を明け渡し・・・

 腰の定まらない、小才子といった印象があるのですが、実際はどうだったのでしょうか?

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古峯神社(7) ~ 天狗の御朱印


 古峯神社の最終話です。

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 大天狗の立像。

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 烏天狗の立像。

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 烏天狗は、宮内庁御料林より下賜された木を使用しているということです。

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 さて、古峯神社は最近、天狗の御朱印で話題を集めています。

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 御朱印帳を購入しました。

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 反対側の面です。

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 烏天狗が可愛いですね。

 色々な図柄があるようなので、また、来てみたいです。

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古峯神社(6) ~ 天狗信仰

 古峯神社の第6話です。

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 古峯神社は、別名「天狗の社」と呼ばれ、天狗信仰で有名であるということです。

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 天狗は御祀神の使いで、災難を取り除いてくれるということです。

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 信者の皆様が奉納された天狗様が所狭しと並んでいます。

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 一つの木の塊から掘り出された・・・

 江戸時代のものであると推察されているそうです。

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 大天狗のアップ。

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 烏天狗のアップ。

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 天狗・・・

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 天狗・・・

 「古峯神社第7話・天狗の御朱印」へ続く・・・

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