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 土の城と、福祉などについて、ひとりごとを・・・

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浜松遠征!

五遁です。

 昨日は、お城仲間のМさんと静岡県浜松市に行ってまいりました。

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 <刑部砦>

 武田信玄が、三方ヶ原合戦の後に宿営したとの伝説が残っているそうです。

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<刑部城>

 徳川家康の前に落城したと、解説版に記されていす。

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<堀川城>

 徳川家康が城兵を皆殺しにしたとのことです。

 家康も若いころは、血気盛んだったのですね。

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<千頭峯城>

 南北朝時代、南朝方として、頑なな抵抗をした城です。

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<宇都山城>

 岡城と山城の複合要塞。

 岡城は今川氏、山城は徳川氏により整備されたようです。

 山城は、ふもとから山頂まで、石垣段廓がこれでもかと・・・

 小口と遮蔽石塁がセットで存在し、井伊谷の三岳城と同じ技法が使われています。

 見ごたえがありました。

*これからせっせとお絵かきをして・・・

 正式レポートは、2月下旬になる予定です。

 乞うご期待!

 ホームページ 「土の城への衝動」
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茅ヶ崎城(2) ~ 挟撃堀底道

 茅ヶ崎城の第2話です。

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 北郭の西側には小口があります。

 右下から攻め上って来た攻城兵は、小口で本郭、「C」 「D」の三方向から攻撃を浴びます。

 小口を突破した攻城兵から見ると、角度的に右方向の方が進みやすく設計されています。

 本郭への小口は左方向ですから・・・ 巧妙な誘導です。

 技巧的ですね。

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 小口から、攻城兵が攻め上ってくる通路を見下ろしました。

 なかなかの角度ですね。

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 攻城兵が、騙されて右へ進むと、「本郭」と「西郭」から挟撃され続ける、キル通路を延々と進まなければなりません。

 手振れで申し訳ありません。

茅ヶ崎城

 「西郭」と「本郭」をつなぐ通路はありません。

 「西郭」を制圧した攻城兵は、堀底道へ降りて、左右どちらかへ進むしかありません。

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 「西郭」へ登ってまいります。

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 「西郭」の西端近くに来ました。

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 「西郭」から、「本郭」の塁壁を撮影しました。

 「本郭」の方が高く、「西郭」に対して、優位性を持っていることが視認できます。
 
 「西郭」を制圧した攻城兵は、一旦、堀底道に降りて、右が左に進むこととなります。

 右に進むと・・・

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 ここに出ます。

 常に「本郭」からの攻撃にさらされながら、一列になって進まなければなりません。

 「茅ヶ崎城第3話・中国磁器出土」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」

茅ヶ崎城(1) ~ 公園整備

 みなさん、こんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年10月8日、お城仲間のМさんのご案内で、茅ヶ崎城に行って参りました。

茅ヶ崎アク

 神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎東2丁目23-19にあります。

 茅ヶ崎城には、駐車場はありません。

 周囲は住宅街で道が狭く、路上駐車をすると迷惑が掛かります。

 横浜市歴史博物館か、周辺の駐車場を利用しましょう。

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 茅ヶ崎城の北側には「早淵川」が流れており、守りの前衛をなしていたと思われます。

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 今度は東側から、東郭を見上げました。

 住宅が邪魔になってわかりにくいのですが、なかなかの比高があります。

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 東郭を左に見ながら、住宅街を西へ登っていくと、茅ヶ崎城址公園の入り口があります。

茅ヶ崎城

 茅ヶ崎市発行資料から起こしましたが、公園化による破壊と思われる部分は、往時を創造して修正を加えました。

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 攻城兵は、左右と正面から攻撃を受けながら進まなくてはなりません。

 いきなりキルスポットですね。

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 突き当りを右へ曲がると、「北郭」です。

 馬出し的な役割を持たされていたのではないでしょうか?

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 茅ヶ崎城は、ここかしこに縄張り表示や解説があるので嬉しいです。

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 14世紀末から、15世紀前半に築城されてと推定されているということです。

 また、比高二十土塁があることから、北条氏が普請に絡んでいるのではとも記されています。

 私的には、 もしそうだとしても極初期のでしょうねという感想です。

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 北郭から、本郭への、平入り小口です。

 「茅ヶ崎城第2話・挟撃堀底道」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」

大塚・歳勝土遺跡(2) ~ 環濠集落

 大塚・歳勝土遺跡の最終話です。

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 大塚遺跡の入り口です。

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 発掘調査の結果、弥生時代の環濠集落であることが分かりました。

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 集落を堀で囲むことにより、獣や他集落からの攻撃を防いでいたのだと思われます。

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 堀には、土塁と柵が伴っていたんですね。

 住居の焼失跡が発掘されたそうです。

 他集落から焼き討ちを受け、防備を強化したと推察されています。

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 この場所は、発掘調査時の状態で保存しているようです。

 この状態から、往時の建物を推察して復元すると・・・

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 こうなります。

 竪穴式住居ですね。

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 この日は雨でしたが、水は中に入ってきていませんでした。

 よくできていますね。

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 高倉式倉庫です。穀物を貯蔵しました。

 ネズミなどに穀物を食べられてしまわないように、位置を高くし、柱に「ネズミ返し」をつけています。

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 時間や多すぎる情報に追われることなく、幸せな時代だったのでしょうか?

 獣の来襲や、疫病におびえる、不安な時代だったのでしょうか?

  ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡の部屋」

大塚・歳勝土遺跡(1) ~ 弥生時代のお墓

 みなさんこんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派、武蔵野五遁です。

 平成28年10月8日、お城仲間のМさんと大塚・に行ってまいりました。

茅ヶ崎アク

 神奈川県横浜市都筑区中川中央1−18−1 にあります。

 横浜市立博物館に車を停め、博物館を見学し、博物館屋上に出ると・・・

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 大塚・歳勝土遺跡公園への道が伸びています。

 陸橋を渡って、奥の山林にあります。

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 陸橋を渡ると、公園の絵図があります。

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 坂を上りきると、芝生広場が広がっています。

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 大塚遺跡と、歳勝土遺跡があり・・・

 こちらは歳勝土遺跡であるということです。

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 弥生時代のお墓が発掘されたそうです。

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 土を4分の1カットして、お墓の遺構が見えやすくしてくださっています。

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 お墓の中を通る道も発掘されたそうです。

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 大塚遺跡と、歳勝土遺跡の位置関係と地形が分かるモニュメントもあります。

 「大塚・歳勝土遺跡第2話・環濠集落」へ続く・・・

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