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 土の城と、福祉などについて、ひとりごとを・・・

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望月城(2) ~ 南北朝期に逼塞

 望月城の第2話です。

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 堀2から見た、五郭と「H」の腰郭です。

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 堀2は、写真奥の方で、埋められてしまっています。

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 五郭です。

 100人以上楽に駐屯できる広さがあります。

 しかし、望月氏が招集できる軍勢は、それほど多くはなかったはずです。

a望月城Ⅱ

 堀2が埋められる前を、想像して描いてみました。

*望月氏は、南北朝時代、南朝についたため、北朝派の小笠原氏に本拠の天神城を攻められました。

 天神城は落城し、望月氏は一時逼塞しましたが、後に勢力を盛り返し、望月城を築いたとされます。

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 二番堀跡の表示があります。

 イメージ図の堀2のことですね。

 埋まってしまっているので「堀跡」なんですね。

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 埋まってしまった部分を白線で示しました。

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 五郭の南には、一段下がって、「F」郭があります。

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 藪でわかりにくいのですが、「F」郭と、四郭の間の堀2は残存しています。

 「望月城第3話・埋められた堀」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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望月城(1) ~ 木曽義仲に呼応

 みなさんこんにちわ。
 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年11月5日、お城仲間のМさんと望月城に行って参りました。

 8年ぶりの訪問です。

 前回は、あまりお城の見方がわかっておらず、あっさりとしたレポートを残しましたが、今回はしっかり見て回りましたので、詳しいレポートとなります。

a望月城アク

 長野県佐久市望月にあります。

 老人ホーム望月悠玄荘を目指すとわかりやすいです。

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 駐車場があります。

*望月城は、望月氏の城です。

 望月氏は、滋野氏の支流で、海野氏、祢津氏とともに、滋野三家に数えられます。

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 駐車場は、往時「駒つなぎ場」と呼ばれていたようです。

 城への来訪者が下馬し、馬を繋いでおく場所だったのでしょうか?

*望月氏は、平安の頃から、この地を治めていたと考えられています。

 木曽義仲が、平家追討の為に挙兵した際、望月氏は呼応し、従軍しています。

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 登ってきた道を振り返りました。

 堀跡を拡幅して道路としたようです。

*木曽義仲が滅ぶと、望月氏は源頼朝へ従いました。

 源頼朝が、奥州藤原家討伐の兵をあげた際、望月重隆が従軍しています。

a望月城Ⅱ

 先人の図面と、地形図からアップしました。

 尾根が西側、望月宿のある盆地へ突き出た地形を利用しています。

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 城の中心部へ向けて、道が伸びています。

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 往時の城道であるのか?

 畑へ軽トラックを乗り入れるために、近年つけられた道なのか判然としません。

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 道が左折した場所が、堀2の跡です。

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 藪でわかりにくいのですが、北側の斜面には、堀2が竪堀となって下っています。

 「望月城第2話・南北朝期に逼塞」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」

蕎麦や徳田 ~ 10割蕎麦の名店

 五遁です。

 平成28年11月5日、お城仲間のМさんとそばや徳田に行って参りました。

和田城アク

 長野県小県郡長和町和田にあります。

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 旧中山道に面する古民家をお店にしています。

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 10割蕎麦と聞けば、食さずにいれません。

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 お店の入り口です。

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 この戸が小さいので、かがんで入ります。

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 裏庭まで、靴を脱がずに行けるよう、土間廊下?が伸びています。

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 机といすの席と、たたみの席がありました。

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 囲炉裏もあり、良いムードです。

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 ネット情報では「三色蕎麦」がお勧めのようです。

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 真ん中は、更科蕎麦です。上品にシャキッと仕上がっています。

 右側が田舎蕎麦で、蕎麦の香りと風味を堪能できます。

 左側が韃靼蕎麦です。この地方の名産だそうです。

 つゆも、出汁のうまみが堪能できました。

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 良い蕎麦屋さんは、蕎麦湯までも美味しいですね。

 多くの蕎麦食いの皆さんにお勧めです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 

河村城(6) ~ 復元橋の謎

 河村城の最終話です。

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 復元木橋を堀底から見上げました。

 せめて、何故このような仕上がりとしたのか? 意図とか、事情とかを表示してくださるとありがたいのですが・・・

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 復元木橋を渡ります。

 湾曲しています。

 発掘調査に基づいた湾曲なのでしょうか?

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 「蔵跡」に入りました。

b河村城東

 ここに蔵を建てたら、兵士の行き来に支障はなかったのかな?

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 「蔵跡」を更に進みます。

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 「本郭」への復元木橋が見えてきました。

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 木橋から見下ろした堀です。

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 「本郭」の北側。

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 「本郭」の西側。

*いろいろと整備の仕方に疑問はありますが、お金をかけて整備してくださることは有難いことです。

 お近くにお寄りの際は、ちらっと見てみるのも一興かと・・・

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 城址碑の写真でお別れです。

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河村城(5) ~ モニュメント風堀表示

 河村城の第5話です。

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 「大庭郭」に入りました。

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 「大庭郭」は広いです。

 千名以上の兵士の駐屯が可能です。

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 「大庭郭」の先は・・・

 妙な構造物があるな~と思ったら・・・

 どうも、堀を示しているようです。

 そう考えると、下の図面と合致します。

b河村城東

 「大庭郭」の先は、狭い郭を並べ、幅の広い堀切で、防御性を確保しています。

 「大庭郭」から「近藤郭」へ木橋がかかっていたことを想定して描きましたが・・・

 「多地屋敷」から「近藤郭」へ、木橋がかかっていたかもしれません。

 その方が、木橋へ横矢をかけることができますね。

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 「近藤郭」から、「大庭郭」を振り返りました。

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 「近藤郭」を進むと、復元木橋が見えてきました。

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 木橋の下が、コンクリートで固められています。

 安全性の確保の為に、仕方がなかったのでしょうか?

 個人的には、しっくりきませんね。

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 堀底には、障子堀が復元されています。

 攻城兵の、堀底での移動を制限し、射撃の的としやすくするための装置ですね。

 「河村城第6話・復元橋の謎」へ続く・・・

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